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ハンバ-ガ-・ヒル
2008-07-30 Wed 18:06

ハンバ-ガ-・ヒルカタログ
【スト-リ-】
1969年5月10日、米101空挺師団の分遣隊がベトナム、ラオス国境近くのアシャウ・バレ-に乗り込み、アパッチ・スノ-作戦が開始された。
第187連隊第3大隊のブラボ-中隊が『937高地』と呼ばれたドン・アプ・ビアを確保するため北ベトナム正規軍と衝突。10日間の凄惨な戦闘の末、米軍は堅固な防御戦の敷かれた山頂を包囲した。
この地を確保するため、第3大隊600名の出した犠牲は7割。
兵士の誰かが「この高地(ヒル)は俺たち全員をミンチにしようとしている。」とつぶやいたことから、以降、ハンバ-ガ-・ヒルの名で呼ばれた・・・。

戦争では、そこに身をおいたもの以外には絶対に解りえない空間がある。
ベトナムの場合をとれば、それは「ハンバ-ガ-・ヒル」のような場所である。

【解説】
この映画の舞台になるアシャウ・バレ-とは、南北ベトナムの国境地帯である非武装地帯から南へ50km、ラオス国境に接し、両側を山に挟まれた幅3~7km、長さ30kmの広さをもち南ベトナムにとっては北の最前線である第1軍管区にある渓谷のことである。
アシャウ・バレ-の戦闘は、66年3月に渓谷北端にあった米特殊部隊(グリ-ン・ベレ-)のキャンプが北ベトナム軍に襲撃されて撤退した時から始まる。この戦闘から渓谷の支配権は北ベトナムに移っていった。
この渓谷に集結した北の勢力が、一気に東に向かって進撃すれば、サイゴンから北の要所を結ぶ国道1号線が切断され各所の戦略拠点が孤立するという最悪の事態が予想されたのだった。
北ベトナム軍はラオス国境に張り巡らせたホ-チミン・ル-ト(補給路)から、大量の兵力と武器弾薬、資材をこのアシャウ・バレ-に送り込み、この渓谷一帯を北部南ベトナム進出の大補給基地に作り変えていった。
68年1月には、この渓谷から出撃していった北ベトナム軍2万はアシャウ・バレ-の北に位置する米軍基地を包囲し、増援された5万の軍とともに、約6000の米海兵隊を2ヶ月にわたり封じ込め攻撃をした。
米軍はこの包囲網を解くために10万トンに及ぶ爆弾を、包囲してる北ベトナム軍に投下したが、この量は第二次大戦でベルリンを廃墟にした7万7千トンを上まわる量である。
この攻防戦で、アシャウ・バレ-の恐るべき戦略重要性に気がついた米軍司令部は、68年5月から、第一騎兵師団(映画「地獄の黙示録」で有名になったヘリコプタ-強襲部隊)と南ベトナム空挺部隊を投入した。
迎え撃つ北ベトナム軍は木の根や岩場を利用したト-チカを巧妙に作り、これらを迷路のような地下トンネルで結び渓谷全体を恐るべき針山地獄に作り上げ米軍を招いたのである。
米兵たちが前方の敵に向かって砲爆撃の支援をうけながら進撃すると、地下トンネルを走り抜けた北ベトナム兵たちが背後から銃弾を浴びせてくるという戦闘だった。最後には弾薬を使い果たした双方が石を投げ合い、組み合ってはその石で敵の頭を割るという激しい戦闘となった。

そうして苦労して一時、制圧した渓谷も一回目の作戦が終了すると米軍はアシャウ・バレ-から撤退していった。 米軍が撤退したのち再び北ベトナム軍の支配地となり、更に巨大な要塞に作りあげ前のそれよりも強固なものとなっていったのである。
そして再び、アメリカ軍は大きな脅威をアシャウ・バレ-から受けることになった。
次の渓谷掃討作戦を命じられたのは、第101空挺師団の分遣隊を主力に、第5騎兵師団と第7ベトナム機甲騎兵連隊から派遣された将兵たちであった。
「アパッチ・スノ-作戦」と名付けられたこの作戦で何がおこなわれ、どのような者達が戦ったのか、この「ハンバ-ガ-・ヒル」で知る事ができる。
当時、エドワ-ド・ケネディ上院議員は、この戦闘を「クレイジ-」と呼んだ。
投入部隊の7割の犠牲を出し、ベトナムで最も激しく戦われたこの戦闘も、アパッチ・スノ-作戦終了後、再び米兵たちはこの渓谷から撤退していった。

戦闘後、わずかに焼け残った一本の木に、誰かが貼り付けた札が揺れていた。
「ウェルカム・トゥ・ハンバ-ガ-・ヒル」そして、その下に小さな文字で「こんなにまでする価値があるのかよ!」と書かれていた・・・

【レビュ-】
第二次ベトナム映画ブ-ムに「プラト-ン」の次に封切りしたこの作品は、ただただ、丘を攻めては引いてまた上って攻める という、なんとも理不尽な戦いを描いた、「プラト-ン」同様、本物の戦争映画だと思います。
上記の解説を読めば、その戦闘の凄まじさが分かると思いますが、分かりやすく例えるならば「ベトナムにおける硫黄島の戦い」と言えば伝わるでしょうか?

残念な事に、DVDは絶版になってしまっている様ですが(誰か詳細を知りませんかね?)自分は当時、「プラト-ン」の次に劇場で鑑賞した作品です。
前半部分は少々、ダレてしまいますが、ヘリで戦闘地域に入ってからの10日間に渡る戦闘シ-ンはまるでドキュメントのように淡々と流れていきますが、他の戦争作品、そして「プラト-ン」にも負けない緊迫感とリアルさが存在し、戦友が一人、また一人と倒れていく様は、観ていて辛いものがありました。
戦う理由も解らず、銃弾に倒れていく若い兵士達を見てやはり戦争は虚しいと感じずにはいられませんでした。
そして後に残った物も何なのか、多くの犠牲を払っていったい何を勝ち取ったのか?そんな残酷なメッセ-ジを受け取った気がしました。
劇中で兵士達の会話で「ここを奪い取って何にするのさ?」という問いに「駐車場にでもするんだろ。」という会話。そして焼けて荒れ果てた高地の木に付けられた「Welcome to HAMBURGER HILL」の札をみて自分も虚しい気持ちになりました。

もし鑑賞する機会があったら、一度観てみると「プラト-ン」と合わせ、より強く感じるものがあると思う作品です。

ユウ太的評価 7点
自己評価ですのでご了承下さい。
皆さんもよろしかったらコメントに評価を入れて下さいね。
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